ドライアイ対策商品/健康に役立つ商品/新車の輝きをキープする商品/
 アイデア商品などを開発し、製造・直販しています。  株式会社 日本クリエイタ

TOP / ドライアイ対策デスク一覧 / 商品一覧 / お客様の声 / 主な販売先 / お支払い方法 / お問い合わせ /会社概要


TEL 048-864-2220
Fax 048-863-8226

●眼に役立つサイト
・めだま カフェ
・VDT 眼精疲労対策
・ドライアイとは?
ドライアイ・眼の疲れ
・電磁波と健康につい

●パソコン操作で
 眼が疲れるわけ
ドライアイの原因
眼の疲れを防ぐには

眼が疲れる理由と対策
 
(眼科院長先生の解説)

特選 おすすめサイト
★エルゴデスク使用例
研究所用デスク
★マスコミ登場歴
●ドライアイ対策デスク
  誕生物語

ドライアイ対策ポリシー

プライバシーポリシー
★特定商取引法の表示
ドライアイ予防デスク  エルゴデスク誕生物語

いまから思えば、松本にとってエルゴデスクの開発は「プロジェクトX」であった。
かの有名な「プロジェクトX」とは、月とスッポンだが、ひそみに倣って、それ風に記してみる。

1986年(昭和61年) 5月のことであった。小さな会社を経営する松本は、新しいパソコンデスクの設計に没頭していた。連休も休んでいない。会社の業務とは縁もゆかりもないことだが、彼には自信があった。前身は機械設計者だったからだ。

彼の会社は出版印刷業界に属していた。産業用各種装置の取扱説明書の作成が、主な仕事である。いわば、それが本業であり、現在も続けているが、その工程は、 1. 原稿リライト(推敲)、2. 文字印字(入力)、3. イラスト作成、4. 編集レイアウト、5. 印刷、6. 製本となる。

当時、この工程2の文字印字は、タイプライタによる機械式印字からワードプロセッサ(略称ワープロ)による電子式印字、つまりワープロ入力に移行しようとしていた。“松”や“太郎(一太郎の前身)”というワープロソフトが出現し、パソコンでもワープロ入力ができるようになっていた。

彼はNECのパソコンPC-9801シリーズ6台の導入を決断し、翌1986年1月、それは納入された。早速、女子社員たちは嬉々として操作を始めた。操作にも慣れ、長時間入力するようになった。電子印字が軌道に乗り始めた。

ところが、彼女たちから、「目が痛くなった。」「ショボショボする。」とか、「画面から放射能が出ていると聞いた。」などという声が出てきたのである。しかも、「タイプライタのときは目が痛くなかった。」という。「なぜだ?」。彼は原因究明を急いだ。
間もなく彼は、タイプライタとパソコンでは「目に入る光の質が違う」ことに気付く。

タイピングでは紙しか視ないが、パソコン操作ではディスプレイ画面を視る。紙から目に入る光は乱反射光、画面からの光は発射光だ。しかも、それは、至近距離から発光されている。
当然、前者はソフト、後者はハードに違いない。パソコン操作の方が目が疲れるわけがわかった。

しかし、同じ発射光でもテレビでは眼が疲れないではないか。彼は自問自答した。距離だ! 眼から遠いからだ! わかるまで時間はかからなかった。画面を遠くすれば解決するのだ。

次の難問は、「画面からの放射能」を避けるには、どうするかである。ブラウン管の構造は、基本的にはX線管と同じだから、微弱なX線が出ている可能性はあった。X線は直進することがわかっている。
解決策は簡単に見つかった。(解決策がみつかるまで、彼ら設計陣の努力と、時間の積み重ねが果てしもなく続けられた。と書きたかったが、あまりにも簡単だったので「プロジェクトX」風になりません。トホホ)

X線で最も悪影響を受けるのは内臓、特に腹部だ。そこを避けるには画面を上に向ける。さらに、画面を遠くすれば良い。この解決策をみつけた彼の目はうるんでいた(?)

ここまで来れば簡単であった。まさに、コロンブスの卵のような発想だが、彼のアタマに、ディスプレイ(モニタ、VDT、CRTともいう)を斜めに埋め込む方法がひらめいた。
彼は、この、VDTを斜めに埋め込む方式を傾斜沈設と名付けた。それは、デスクの奥行きを伸ばさずに目と画面との距離を遠くすることにもなり、一石二鳥であった。

とりあえず作ったバラックセットを、女子社員が使ってみた。結果は良かった。「シャチョー、早く作ってくださいヨ〜」と、声があがった。

「ヨッシャ、5台くらいは作ってやるぞ!」彼は宣言した。

すぐに本格設計に着手した。ところが設計しているうちに、これはウチだけに起きる問題ではない。と気付いてしまった。
無謀にも彼は、自家用をエスカレートさせ、外販する気になってしまったのである。
そしてこの決断が、彼と会社のターニングポイントになった。

だが、資金が足りない。とりあえず50台作ってテスト販売しよう。とにかく前に進もう。

そして冒頭に記す設計を始めたわけである。

それから170日余、1986年は10月も過ぎようとしていた。あいにくの曇り空であったが、待望の1号機が完成した。早速彼はパソコン一式を設置した。さらに、正面と側面に原稿ホルダも取り付けた。

社員たちは目を輝かして、彼の作業を見ていた。彼がデスクから離れた。とたんに彼女らは、われ先に操作を始めた。そして彼女らは笑顔になっていった。

彼女らをじっと観察していた彼、松本の眼には涙が浮かんでいた。(?)

身の程も知らず、彼はパソコン誌に広告を出して直販する気でいた。当然、使用状態の写真が要る。それには女性のモデルが必須だ。しかしその時、彼のふところは資金難に襲われていたのである。
やむを得ない。嫌がるサイアイの嫁を彼は説き伏せ、モデルに仕立てた。いうまでもないが、カメラマンも彼がつとめた。以来、彼は彼女にアタマが上がらなくなってしまったらしい。

そしてめでたくパソコン誌に広告が載り、販売を始めることになったのである。時に1986年(昭和61年) 11月であった。(第1話 完)


エルゴデスク 1号機

TOP / ドライアイ対策デスク一覧 / 商品一覧 / お客様の声 / 主な販売先 / お支払い方法 / お問い合わせ /会社概要
製造販売 株式会社 日本クリエイタ